「ゲーム、作ってほしいんです」
ある日、受け持ちの患者さんにそう言われました。頸髄損傷で四肢麻痺のある成人の方です。手足でコントローラーは握れません。スマホやタブレットの操作は、マウススティック——口にくわえた棒でポインタを操作する道具——で行います。
市販のゲームは、ほとんど遊べません。スワイプ、長押し、同時押し、素早い連打。ゲームの「当たり前」の操作が、ぜんぶ壁になるからです。
私は看護師で、プログラマーではありません。それでも「作れるかもしれない」と思えたのは、AIがあったからです。この記事は、その顛末の記録です。
できあがったもの
ハウス・オブ・ザ・デッド系の、視点固定のゾンビシューティングです。本人の希望がまさにそれでした(「怖いのは平気、リアル寄りで」というリクエストも本人からです)。
- ブラウザで動くHTML1枚のゲーム(インストール不要・無料)
- タブレットのホーム画面に追加すると全画面のアプリのように遊べる
- 配布は本人向けの限定公開ページ
開発期間は、最初に遊べる版ができるまで約5日。その後、本人の感想を聞きながら少しずつ更新を重ねました。制作はClaudeやGemini等のAIとの共同作業です。私が仕様と「現場で見た制約」を出し、コードと画像素材はAIに作らせる分担でした。
設計の核:「クリックのみ」で成立させる
このゲームの操作は、最初から最後までタップ(クリック)だけです。
- ドラッグ・長押し・スワイプ・同時タッチは一切使わない
- 弾のリロードは自動(手動操作を作らない)
- ボタンは全部大型。ゲームオーバーからのリトライもボタン1個
- 練習モード(ダメージなし)つき
マウススティックでの操作を近くで見ていると、健常者向けゲームの前提がいかに多いかに気づきます。ポインタを画面の端から端まで動かすのは、腕でマウスを振るのとは比べものにならない労力です。
一番の学び:「敵を弱くする」のではなく「操作コストを下げる」
最初の難易度調整で、私は敵の数を減らしたり、当たり判定を甘くしたりしようとしました。これはAI(開発相棒)と議論しながら、途中で方針転換します。
イージーモードの正体は「敵の出現範囲を画面中央に絞る」ことにしました。敵が弱いかどうかより、「ポインタをどれだけ動かさないといけないか」がマウススティック操作の本当の負荷だからです。敵はそのまま、移動距離だけを減らす。ゲームの歯ごたえを削らずに、身体的負荷だけを削れます。
アクセシビリティ対応は「ぬるくすること」ではない——これが、この開発で一番持ち帰りが大きかった発見でした。
患者さんの反応と、データでの改善
最初の版を渡したときの感想は「面白い。改善してほしいところはない」でした。
ただ、プレイ記録を見ると特定のウェーブから先へ進めていないことがわかりました。感想は「不満なし」でも、データは「難しすぎる」と言っている。ここから難易度を3段階(EASY/NORMAL/HARD)に分け、EASYをマウススティック前提の設計に振り直しました。
「本人の言葉」と「実際の行動データ」の両方を見る——これは看護のアセスメントと同じ構造だと思っています。訴えがないから問題がない、とは限らない。
看護師がやる意味
正直、ゲーム開発だけなら私よりうまい人は無数にいます。それでもこの企画が成立したのは、次の3つが一人の中に揃っていたからだと思います。
- 1. 当事者の隣にいる: 要望を聞いて、渡して、感想をもらって、直す。このループが日常業務の中で回せる
- 2. 制約を体で知っている: マウススティックの操作を毎日見ているから、「何ができないか」を設計の最初から織り込める
- 3. AIで作れる時代になった: コードが書けなくても、仕様と検証ができれば形になる
医療・介護の現場には、「市販品では届かない、その人だけの困りごと」が無数にあります。AIは、その一つひとつに手作りで応えることを現実的なコストにしてくれました。
これから
このゲームは第1作です。今は、対象の障害タイプを変えた次の作品(視線入力で遊べるゲームなど)を構想しています。視線入力はキャリブレーションや精度の課題が大きい世界ですが、「訓練ではなくゲームだから楽しく続けられる」形にできれば、リハビリテーションの分野とも地続きになると考えています。
現場発のものづくりの記録は、このカテゴリ「現場×AIの開発ログ」に続けていきます。
※本記事は患者さんが特定されないよう、属性・時期等の詳細を伏せて記載しています。
▶ ZOMBIE NIGHTはどなたでも無料で遊べます: https://oruka-owl.github.io/zn-arcade/play/
クリック(タップ)だけで遊べる設計です。PC・タブレット推奨。音が出ます。


コメント