病棟の生成AI利用ルール、A4一枚の雛形|看護管理職が決める7項目

「病棟でAIを使ってもいいですか」。そう聞かれて即答できる人は少ないと思います。だめとは言い切れない。でも「いいよ」と言って何かあったら、言った人の責任になる。だから「今はちょっと控えて」で止める。いちばん多い返し方ではないでしょうか。

ただ、この「控えて」は、たいてい守られません。禁止したつもりが、見えないところで使われる状態に変わるだけです。使っている人は言わなくなり、何が入力されたのかも分からなくなります。

結論から言うと、必要なのは可否の判断ではなく、A4一枚の線引きです。 「使ってよいか」を決めようとすると話が終わりません。決めるのは3つだけです。①どの情報を入れてはいけないか ②どの作業に使ってよいか ③出力を誰が確認するか。 ここが紙になっていれば、あとは運用でどうにでもなります。

私は病棟で働く看護師です。管理職の経験はありません(書き手について詳しくはこちら)。なのでこの記事は「管理職はこう決めるべきだ」という話ではなく、ルールを守る側から見て、こう書いてあれば迷わないという形にしたたたき台です。自施設の規程に合わせて削って、埋めて使ってください。


決めるべきは7項目(早見表)

# 決めること 決めないとどうなるか
1 対象範囲(誰が・どの端末・どのサービス) 私物端末での利用が黙認状態になる
2 入力してはいけない情報 「消して要約して」で丸ごと渡される
3 使ってよい作業/使ってはいけない作業 医療上の判断に使われる
4 出力の確認義務(誰が責任を持つか) 誤りが混じったまま配布される
5 使ったことの申告 あとで「隠していた」問題になる
6 相談・申請の窓口 各自の自己判断で始まる
7 見直しの期限 サービス側の仕様変更に追いつけない

この7項目に答えを入れると、A4一枚になります。文面のたたき台は後半に置きました。


なぜ今、紙一枚が必要なのか

施設が決める前に、個人が使い始める時期だから

日本看護協会の「2025年 病院看護実態調査」(回答3,502病院・2026年3月31日公表)によると、AIやICTを使った看護業務効率化の取り組みで、「看護記録の作成支援」のために音声入力ソフトなどを導入している病院は5.6%にとどまる一方、導入を検討している・関心があると回答した病院は49.9%で、導入意向としては最も多い項目でした。導入の課題は「財源の確保(初期費用)」が84.3%です(出典は記事末に記載)。

これは施設としてのシステム導入の話で、職員が個人でChatGPTなどを開くことの調査ではありません。ただ、関心はあるが施設としてはまだ入っていない期間が、これから長く続くことは読み取れます。予算の要る導入は年単位で止まる一方、個人が無料で使い始めるのは今日からできる。この差が空白になります。紙一枚は、その空白を埋めるためのものです。

公的な注意喚起が、すでに出ているから

個人情報保護委員会は2023年6月2日、生成AIサービスの利用について注意喚起を出しています。事業者向けの注意点として、個人情報を含むプロンプトを入力する場合は特定された利用目的の達成に必要な範囲内かを十分に確認すること、また、本人の同意なく個人データを含むプロンプトを入力し、それが応答結果の出力以外の目的で取り扱われる場合は個人情報保護法違反となる可能性があるため、提供事業者がその個人データを機械学習に利用しないこと等を十分に確認すること、と書かれています。

大事なのは、これが「個人の心がけ」ではなく事業者=病院側の確認事項として書かれている点です。職員が個人アカウントで入力した場合でも、扱っているのは病院が預かった情報です。


7項目の中身と、決め方のこつ

2番の「入力してはいけない情報」はいちばん誤解が多いので、独立した節にまとめました。ここでは残りの6項目です。

1. 対象範囲は「端末」まで書く

「職員は」だけでは足りません。院内の業務端末か、私物のスマートフォンかで意味がまったく変わります。私物端末の全面禁止が守られない現実があるなら、「私物端末では業務情報を一切扱わない」という書き方に落とすほうが機能します。実態に合わない禁止は、報告されない利用を増やすだけです。

3. 「使ってよい作業」を先に書く

禁止から書くと、読んだ人は「じゃあ何もできない」と受け取ります。できることを先に3つ書いて、そのあとに禁止を書くと、同じ内容でも運用に乗ります。入れやすいのは、勉強会資料の下書き、委員会資料の構成案、自分が書いた文章の言い換えや要約です。実際の手順は委員会資料づくりの記事に書いています。

禁止側で必ず書くべきなのは、医療上の判断に使わないことです。これは施設の方針である以前に、国の整理があります。厚生労働省の通知(医政医発1219第1号・平成30年12月19日)は、AIを用いた診断・治療支援プログラムを利用して診療を行う場合についても、診断、治療等を行う主体は医師であり、医師がその最終的な判断の責任を負うと明記しています。AIの回答は根拠になりません。

4. 出力の確認は「工程」として書く

「内容を確認すること」と書くだけだと、確認は消えます。誰が・いつ確認するかを工程にするのが確実です。たとえば「AIを使って作成した資料は、配布前に作成者以外の1名が事実関係を確認する」。ひと手間ですが、誤りが載った資料が委員会に出るコストに比べれば安いです。

5. 申告は「罰」ではなく「保険」だと書く

使ったことを隠されるのがいちばん困ります。申告の項目には、申告したことによる不利益はないと一行入れておきます。先に言ってあれば、周りが二重に見てくれます。あとから発覚すると、内容の誤り以上に「隠していた」ことが問題になります。

6. 窓口は部署名で書く

「上司に相談」では止まります。師長も判断できないからです。情報システム部門、医療安全管理室など、実際に答えを出せる部署名を書いてください。ここが埋まらないうちは、ルールを配らないほうがいいくらい重要な欄です。

7. 見直し期限を入れる

生成AIのサービスは、設定項目の名前も場所も変わります。「○年○月に見直す」と紙に書いておくと、変わったときに直す担当が決まります。半年か1年が現実的だと思います。


そのまま埋められる文面のたたき台

以下はA4一枚を想定したたたき台です。【要確認】の箇所は、必ず自施設の規程と担当部署に当てて埋めてください。 条項番号や規程名をこちらで書くことはできません。

【要確認:部署名】における生成AI利用の当面の取り扱い(第1版)
作成:【要確認:作成者・日付】/見直し予定:【要確認:年月】

1. 対象
   本取り扱いは、【要確認:対象職員の範囲】が、業務に関連して
   生成AIサービス(文章を生成するAIサービス)を利用する場合に適用する。
   院内の情報システムに関する規程が優先する。【要確認:規程名・所管部署】

2. 入力してはいけない情報
   次の情報は、いかなる形でも入力しない。
   ・患者さんの氏名、ID、生年月日、住所、連絡先
   ・カルテ・記録・サマリー等の本文(一部でも不可)
   ・日付、部署名、年代、疾患名などの組み合わせで個人が特定できる記述
   ・職員の氏名、勤務状況、健康状態、家庭の事情
   ※「個人情報を削除して要約して」という依頼も、
     元の文章を渡した時点で入力にあたる。

3. 使ってよい作業(例示)
   ・勉強会・研修資料の下書き、構成案の作成
   ・自分が書いた文章の言い換え、要約、誤字の確認
   ・一般的な知識の下調べ(内容は必ず別の資料で確認する)

4. 使ってはいけない作業
   ・患者さんの状態評価、治療・ケアの選択など医療上の判断
   ・院内規程、法令、ガイドラインの内容や条項番号を書かせること
   ・患者さん・ご家族への説明文書を、確認なしにそのまま用いること

5. 出力の確認
   生成AIを用いて作成した文書は、配布・提出の前に
   【要確認:確認者】が事実関係を確認する。
   誤りがあった場合の責任は、AIではなく作成者と確認者にある。

6. 申告
   生成AIを用いて作成した資料は、その旨を資料内に記載する。
   申告したことによる不利益な取り扱いは行わない。

7. 相談・申請の窓口
   利用の可否に迷う場合は、事前に【要確認:情報システム部門等の名称】へ相談する。
   個人の判断で開始しない。

配る前に、相談窓口の部署名と、優先する院内規程の名称だけは必ず埋めてください。そこが空欄のまま配ると、「結局どうすればいいのか」が現場に残ります。部署で試すところから院内提案までの順番はAI導入手順の記事にまとめています。


個人情報・患者情報の線引き

組み合わせで特定できる

氏名やIDを消せば安全、という理解は危ないです。「先週の金曜」「4階の病棟」「80代」「大腿骨頸部骨折」の4つが揃えば、院内の人には誰のことか分かります。 匿名化とは、消すことではなく、たどり着けなくすることです。判断に迷うなら、その情報は渡さないのが正解です。

「消して要約して」は、もう渡している

記録の文章を貼り付けて「個人情報を消して要約して」と頼む使い方は、よく思いつかれます。ですが、削除を依頼するために、削除したい情報を送っています。 抽象化は人間の手でやる作業です。インシデントの自由記述を扱うときの具体的なやり方は、インシデント分析の記事に書きました。件数と傾向まで集計してから渡す、という形になります。

職員の情報も個人情報

忘れられがちですが、スタッフの氏名、勤務の希望、体調、家庭の事情も個人情報です。シフトの相談をAIにするときは、名前を記号に置き換え、事情は「日勤のみ希望」といった条件だけに変換してから渡します。この置き換えの手順はシフトの下ごしらえの記事で扱っています。

なお、医療機関における個人情報の取り扱いそのものについては、個人情報保護委員会と厚生労働省の「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス」が正本です。利用ルールを作るときは、この線引きを新しく発明するのではなく、既存のガイダンスと院内規程の言葉に合わせるほうが通りやすくなります。


ルール作りをAIに手伝わせるときの縛り

たたき台づくりそのものをAIに手伝わせるのは有効です。ただし、縛りを付けないと、それらしい条項番号やガイドライン名を作ってきます。それが載った文書を委員会に出すと、中身に関係なく信用を失います。

あなたは院内文書の作成を補佐するアシスタントです。
病棟内で使う「生成AI利用の当面の取り扱い」をA4一枚で作ります。

# 前提
- 患者情報・職員の個人情報は生成AIに入力しない方針である
- 医療上の判断には用いない
- 対象は文書作成・整理などの事務作業に限る

# 依頼
1. 見出しの構成案を2パターン出してください
2. 選んだ構成で本文を書いてください(A4一枚以内・箇条書き中心)
3. 現場が読んだときに解釈が割れそうな箇所を、最後に3つ指摘してください

# 縛り
- 私が渡していない情報を推測で補わないでください
- 法令・ガイドライン・院内規程の内容や条項番号は書かないでください。
  該当箇所は「【要確認】○○を確認のうえ記載」としてください
- 「適切に」「十分に」など、判断が読み手任せになる表現は避けてください

3つめの縛りが効きます。「適切に取り扱うこと」と書かれたルールは、読んだ人によって解釈が変わるので、結局は各自の自己判断に戻ってしまいます。


運用でつまずきやすい3か所

1. 配って終わりになる
配った日がピークで、あとは誰も見ません。配布と同時に、詰所に貼る・端末の近くに置くところまで決めておきます。

2. 「使える人だけ早く終わる」への反発
技術の話ではないところで止まる典型です。ルールと一緒に、30分でいいので全員が触る時間を作れると、この声はかなり減ります。

3. 窓口が答えを持っていない
情報システム部門に聞いても「前例がないので」と返ってくることがあります。そのときは可否をその場で求めず、「この使い方を1か月試したい」という紙を1枚渡して、持ち帰ってもらうほうが進みます。判断を求められると人は止めますが、記録が残る形の相談は前に進みます。


よくある質問

まず全面禁止にしておくのは、だめですか?

だめではありませんが、禁止は「使われない」ではなく「報告されない」に変わりやすいという前提で決めてください。全面禁止にするなら、なぜ禁止なのかと、いつ見直すのかを同じ紙に書いておくと、隠れた利用が減ります。

個人のスマートフォンでの利用は止められますか?

端末そのものは管理できません。管理できるのは「業務情報を入力しない」という線のほうです。私物端末を使うなという禁止より、私物端末で扱ってよい情報はゼロだと書くほうが、守れるかどうかを本人が判断できます。

名前を消して入力すれば問題ないですか?

問題がなくなるとは言えません。日付・部署・年代・疾患名などの組み合わせで個人にたどり着ける場合があるためです。また個人情報保護委員会の注意喚起では、事業者が個人データを含むプロンプトを入力する場合、提供事業者がそれを機械学習に利用しないこと等を十分に確認するよう求めています。消す工夫より、渡さない設計にするほうが確実です。

有料版なら安全という理解でいいですか?

料金の有無ではなく、契約と設定の内容で決まります。入力内容を学習に使わない設定になっているか、その設定はどこにあるかは、サービス側の更新で変わります。記事の記述ではなく、実際の設定画面と契約条件をご自身で確認してください。安全管理の枠組み自体は、厚生労働省の「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン」(2026年6月に第7.0版が公表)が上位にあります。

ルールは誰が作るのが正解ですか?

最終的には院内の担当部署ですが、たたき台は現場が書いたほうが早いと思っています。実際にどの作業に使いたいのかを知っているのは現場だからです。この記事の文面案も、その前段階に置いてもらうつもりで作りました。


まとめ:可否ではなく、線を引く

「使っていいか」を議論すると結論が出ません。出ないまま時間だけが過ぎて、その間に見えない利用が増えます。先に引くべきは、可否の線ではなく、情報の線です。

もう一度、決める7項目です。

  1. 対象範囲(誰が・どの端末・どのサービス)
  2. 入力してはいけない情報(例を3つ以上)
  3. 使ってよい作業/使ってはいけない作業(医療上の判断は不可)
  4. 出力の確認(誰が・いつ・何を確認するか)
  5. 申告(申告による不利益はないと明記)
  6. 相談・申請の窓口(部署名で)
  7. 見直しの期限

完璧な規程を作る必要はありません。第1版と書いて、見直し期限を入れて配る。 それだけで、現場は「聞いていい相手がいる」状態になります。導入まわりの記事は 「AI導入の手引き」カテゴリに追加していきます。


参考にした公的資料


この記事の注記
本文中の数値は、上記の公的資料に記載されたものだけを用いています。掲載した文面は一般的なたたき台であり、そのまま院内規程として使えるものではありません。適切な内容は、所属施設の規程・契約・体制によって異なります。生成AIの出力には誤りが含まれることがあります。業務でご利用の際は、所属施設の規程に従い、内容は必ずご自身で確認してください。医療上の判断にAIの出力を用いないでください(免責事項)。

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