インシデント分析が3時間→1時間45分に|AIを壁打ち相手にする傾向の読み方

業務改善

インシデントレポートの一覧をExcelで出すところまでは、システムがやってくれます。問題はその先です。86行の表を前に、「で、何が言えるの」と自分に問い返したまま30分が経つ。棒グラフにはしてみたけれど、それは集計であって分析ではない、と自分でも分かっている。

私は病棟で働く看護師です。管理職の経験も、医療安全管理者の経験もありません(書き手について詳しくはこちら)。ただ、日々ChatGPTとClaudeを使い倒していて、この「データはあるのに、そこから言葉が出てこない」という詰まり方こそAIが効くところだと感じています。

この記事では、直近3か月分のインシデント・アクシデントレポートの集計データを題材に、AIを壁打ち相手にして傾向を読む手順を実演します。プロンプトはそのままコピーして貼れる形で載せます。3時間かかっていた作業が、1時間45分まで落ちる想定です。

先に一番大事なことを書いておきます。患者さんの個人情報も、報告した職員が特定できる情報も、AIには入力しません。 この記事の前半をまるごと「個別事例を安全な形に直す方法」に使うのは、そこが最初の関門だからです。

資料そのものを作る手順は 委員会資料づくりの記事 にまとめています。この記事はその手前、「何を書くか」を決める工程の話です。


「集計」はできるのに「分析」で止まる理由

レポートの分析で手が止まるポイントは、だいたい3つです。

1つめは、件数を並べても意味が立ち上がってこないこと。 転倒22件、薬剤24件、チューブ18件。数えても「薬剤が一番多いですね」以上のことが言えません。委員会で欲しいのはその先の「だから今月どうするか」なのに、そこへの橋が架からない。

2つめは、個別事例を読み込む作業が重いこと。 86件の自由記述を読み通すと午前中が終わり、しかも読み終わる頃には最初の方を忘れている。

3つめは、自分の思い込みに気づけないこと。 「夜勤帯が多い気がする」と思って数えると、本当に多く見えてきます。反対の仮説を自分で立てるのは、けっこうな体力がいります。

1つめと3つめは、相手がいれば解ける詰まりです。でも医療安全の分析を気軽に壁打ちできる相手は、病棟にそう何人もいません。師長は忙しいし、同僚を捕まえるには話が長すぎる。AIはその席に座れます。判断はしてくれませんが、話を最後まで聞いて、別の見方を3つ出してくれる相手にはなります。


核心:個別事例を「渡せる形」に直す3手順

実演の前に、ここだけは飛ばさずに読んでほしいところです。

インシデントの自由記述は、そのままAIに貼ってはいけません。「7月3日の深夜、302号室の80代女性が、ナースコールを押さずにトイレへ向かい転倒」。氏名がなくても、日付・部屋・年代・状況の組み合わせで個人にたどり着けます。報告した看護師も、勤務表と突き合わせれば特定できます。

だから、渡す前に抽象化します。手順は3つです。

手順1:固有名詞を「役割」に置き換える

患者さんは「患者」、看護師は「担当看護師」「夜勤リーダー」。部屋番号は落とすか、必要なら「4人部屋」「個室」という属性だけ残します。

手順2:日時を粗い区分に丸める

「7月3日 2時40分」→「夜勤帯(22時〜6時)」。日付は月単位まで。曜日が論点なら「平日/休日」まで。時刻を分単位で残す必要がある分析は、まずありません。

手順3:出来事を「条件+行動」に書き換える

物語として書かれた記述を、再現しうる要素に分解します。

そのままの記述 渡せる形に直したもの
「7月3日深夜、302号室の80代女性がナースコールを押さずにトイレへ向かい転倒」 「夜勤帯/排泄目的の自力歩行/ナースコール未使用/転倒転落アセスメントは高リスク該当」
「Aさんが与薬時に隣のベッドの薬を持って行きそうになり、リーダーが気づいて止めた」 「日勤帯/同室内での配薬/患者確認が氏名呼称のみ/他者の介入で実施前に発見」
「経管栄養中に自己抜去。夜勤で訪室が空いていた」 「夜勤帯/経管栄養チューブの自己抜去/前回訪室から90分以上/抑制なし・見守りなし」

右の列では個人の物語が消えて条件の組み合わせになっています。この形なら誰のことかは分かりませんし、共通点を探すにはこちらのほうが向いています。

渡す前の判定テスト

一文ずつ、こう自問してください。

この文を院内の人が読んだとき、誰のことか思い当たるか。

少しでも「あの件かな」と思われそうなら、まだ粗さが足りません。判断に迷ったら渡さない。1件抜けても傾向は変わりませんが、1件漏れたら取り返しがつきません。

この作業自体をAIに任せてはいけません。「この記述から個人情報を消して」と元の文を貼った時点で、もう渡してしまっています。 手で書き直す工程で、10件15分ほど。人間の仕事として残ります。


実演:3か月分の傾向を読む

使うデータ(すべて架空です)

以下は、この記事のために作った架空の集計データです。

  • 直近3か月の報告総数:86件(5月28件/6月30件/7月28件)
  • 分類別:薬剤関連24件/転倒転落22件/チューブ類18件/検査・処置12件/その他10件
  • 影響度レベル:レベル0が31件/レベル1が38件/レベル2が12件/レベル3aが5件
  • 発生時間帯:日勤帯49件/夜勤帯37件
  • 薬剤関連24件の内訳:与薬時刻の遅れ9件/投与量の確認漏れ5件/指示変更の伝達漏れ7件/配薬時の患者間違い3件
  • 報告者の経験年数:1年目19件/2〜3年目21件/4〜9年目26件/10年目以上20件
  • 抽象化済みの個別事例:10件(手順1〜3で書き直したもの)

渡す前に、自分で足し算して確かめます。分類別も、レベル別も、時間帯別も、合計は86。ここが合っていないまま渡すと、AIは矛盾に気づかず、それらしい文章を書いてしまいます。


ステップ1:仮説を3つ出させる。ただし反証もセットで

いきなり「分析して」と投げると、件数を言い換えただけの文章が返ってきます。欲しいのは仮説なので、そう頼みます。

あなたは病院の医療安全の分析を補佐するアシスタントです。
以下は、ある病棟の直近3か月のインシデント・アクシデント報告の集計です。
すべて架空の数値で、個人が特定できる情報は含みません。

# データ(合計はいずれも86件)
- 報告総数 86件(5月28/6月30/7月28)
- 分類別:薬剤関連24/転倒転落22/チューブ類18/検査・処置12/その他10
- 影響度:レベル0が31/1が38/2が12/3aが5
- 時間帯:日勤帯49/夜勤帯37
- 薬剤関連24件の内訳:与薬時刻の遅れ9/投与量の確認漏れ5/
  指示変更の伝達漏れ7/配薬時の患者間違い3
- 報告者の経験年数:1年目19/2〜3年目21/4〜9年目26/10年目以上20

# 依頼
1. このデータから読み取れる傾向の仮説を3つ挙げてください
2. 各仮説について、「そう見えるだけかもしれない理由」を必ず1つ添えてください
3. 仮説を検証するために追加で必要なデータを、具体的な項目名で挙げてください

# 縛り
- 私が渡した数字以外は使わないでください。
  計算や比較に必要な数字が足りない場合は、勝手に補わず
  「【要確認】○○の数値が必要」と書いて、私に質問してください
- 原因を断定しないでください。「〜の可能性がある」までにとどめ、
  断定が必要な箇所は「これは人が確認すべき」と明示してください

2番の「そう見えるだけかもしれない理由」が、この記事で一番おすすめしたい一行です。 仮説だけ出させると、もっともらしい話に引っ張られます。反証を同時に書かせると、思い込みにその場でブレーキがかかります。

返ってきたのは、こんな内容でした(架空データに基づく出力例)。

仮説2:夜勤帯の報告が実数以上に少なく見えている可能性
日勤49件/夜勤37件で日勤が多いが、日勤帯の勤務者数は夜勤帯より多い。
1人あたりで見ると逆転する可能性がある。
・そう見えるだけかもしれない理由:時間帯の定義が不明。
・【要確認】各時間帯の勤務者数と、時間帯の定義(何時から何時か)

件数の多い少ないを「分母を揃えずに」語っていたことに、指摘されて気づきます。壁打ちの価値は、答えをもらうことより、自分の抜けを見せられることにあります。

ここまで、10分。


ステップ2:抽象化した個別事例から共通条件を探させる

集計だけでは「なぜ」に届きません。手順1〜3で書き直した事例を渡して、条件の重なりを探させます。

次に、個別事例を10件渡します。
すべて個人が特定できない形に書き直したもので、実在の事例ではありません。

# 事例(条件+行動の形式)
1. 夜勤帯/排泄目的の自力歩行/ナースコール未使用/高リスク該当/離床センサー未設置
2. 日勤帯/同室内での配薬/患者確認が氏名呼称のみ/実施前に他者が発見
3. 夜勤帯/経管栄養チューブの自己抜去/前回訪室から90分以上/見守りなし
(以下略)

# 依頼
1. 10件を、共通する「条件」でグループ分けしてください。
   分類名(転倒・薬剤など)ではなく、条件の重なりでまとめてください
2. 2件以上に共通して現れる条件を、出現回数とともに列挙してください
3. グループごとに、「その条件を減らすために現場で変えられること」を
   1つずつ挙げてください。ただし人員増を前提とする案は除いてください

# 縛り
- 渡した事例に書かれていないことを推測で補わないでください
- 事例の件数が少ないため、割合(○%)では表現しないでください

最後の「割合では表現しないでください」は、入れておくと事故が減ります。10件のうち3件を「30%」と書かれると、86件全体の傾向のように読めてしまう。分母の小さい数字をパーセントにしないのは、報告資料にも通じる作法です。

出てきたグループ分けで刺さったのは、「転倒」と「チューブ自己抜去」が別分類なのに、どちらも『前回訪室からの間隔が空いていた』という同じ条件を共有していたという指摘でした。分類の枠で見ている限り、この重なりは見えません。「人員増を前提とする案は除いて」も効きます。これを書かないと「夜勤者を増やす」という、現場では選べない案が必ず混ざります。

ここまで、10分。


ステップ3:見落としを潰してから、報告文にする

仮説とグループ分けが出そろったら、まとめの前に「反対側」を出させます。

ここまでの分析について、次の3点を指摘してください。
1. 私が見落としている可能性のある観点
2. このデータでは言えないのに、言ってしまいそうなこと
3. 報告資料に書くと誤解を招きやすい表現

指摘は箇条書きで、各3行以内でお願いします。

ここで返ってきたのが「5月28件→6月30件を『増加傾向』と書くと誤解を招く。2件差は月ごとのばらつきの範囲を出ない」という指摘。実際、書きかけの原稿にはもう「増加傾向にある」と打っていました。この一行が拾えるだけで、10分は元が取れています。

そのうえで報告文にします。

ここまでの内容を、部署会で5分で共有する報告文にまとめてください。

# 条件
- A4半ページ程度(600字前後)
- 冒頭に「今回の分析でいちばん伝えたいこと」を1文で
- 数字は私が渡したものだけを使い、比較・割合の表現は避けてください
- 「原因は〜である」ではなく「〜という条件が重なっている」という書き方で
- 最後に、次回までに確認したいデータを箇条書きで

反証出しとまとめで、合わせて15分。


時間の内訳を並べてみる

工程 これまで AIを使うと
データを集計・整形する 30分 30分(人間の作業)
個別事例を読み込む/抽象化する 40分 15分(人間の作業・必須)
傾向の仮説を立てる 40分 10分
個別事例から共通条件を探す 25分 10分
見落としを潰す(反証出し) 10分
報告文にまとめる 25分 5分
数字と事実の最終確認 20分 25分(ここは増やす)
合計 約3時間 約1時間45分

削れたのは、仮説を絞り出す時間と文章化の時間です。逆に最終確認は20分から25分へ増やし、さらに「見落としを潰す」工程が新しく10分ぶん入りました。従来はやりたくてもやれていなかった作業で、ここが増えるのは時短の失敗ではなく目的そのものです。抽象化の15分も削れません。飛ばせば時短ではなく情報漏えいになります。


壁打ちで気をつけたい4つのこと

1. 患者さんも職員も、特定できる形では入力しない

患者さんだけでなく、報告した職員が特定できる情報も同じ扱いにしてください。「1年目の看護師が」「夜勤リーダーが」までは役割ですが、「先月異動してきた人」まで書くと、院内では個人が立ち上がります。

2. 院内の規程を先に確認する

生成AIの利用可否も、使ってよいアカウントの種類も施設ごとに違います。インシデント情報は特に扱いが厳しく、集計後のデータであっても外部サービスへの入力を禁じている施設があります。個人の判断で始めず、情報システム部門と医療安全の担当部署に先に確認してください。

3. AIが出すのは仮説であって、原因ではない

原因分析(RCA)の結論をAIに出させてはいけません。AIが並べるのは「データ上そう見える組み合わせ」であって、現場で何が起きていたかを知っているのは人間です。対策を決めるのは委員会であり、責任を持つのは人です。

4. 学習に使われない設定を確認する

多くのサービスに、入力内容を学習に使わせない設定があります。ChatGPTならデータ管理の設定、Claudeにも同様の項目があります。業務で使う前に必ず確認してください。 設定していても、特定できる情報を入れないというルールは変わりません。二重の防御と考えます。


まとめ:分析が止まるのは、能力ではなく相手がいないから

インシデント分析で手が止まるのは、分析力が足りないからではないと思っています。話す相手がいないからです。頭の中だけで仮説と反証を回すのは、人間には向いていません。

手順をもう一度。

  1. 個別事例を「条件+行動」に書き直す(判定テスト:誰のことか思い当たるか)
  2. 仮説を3つ、反証とセットで出させる
  3. 抽象化した事例から、分類をまたぐ共通条件を探させる
  4. 報告文にする前に「言ってしまいそうなこと」を指摘させる
  5. 数字と事実を人間が確認する(ここは絶対に削らない)

分析が速くなっても、そのぶん良い対策が出るとは限りません。ただ、委員会前日に分析が終わらず徹夜する状態からは抜けられます。 空いた余力は、現場で確かめる時間に回せます。

▶ 分析結果を資料に落とす手順は 委員会資料づくりの記事 へ。他の実務記事は 「業務改善」カテゴリ に追加していきます。


この記事の注記
記事内の数値・事例はすべて架空のものであり、実在の施設・患者さん・職員とは関係ありません。生成AIの出力には誤りが含まれることがあります。業務でご利用の際は、所属施設の規程に従い、内容は必ずご自身で確認してください。医療上の判断や原因分析の結論にAIの出力を用いないでください(免責事項)。

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